落書きのようなタッチで、王冠・記号などバスキアの代表的要素が緻密に散りばめられた一作
本作にはジャン=ミシェル・バスキアの代表的なモチーフが散りばめられている。
1つ目は「王冠」。彼が子供の頃に大好きだったというアメリカのテレビ番組『リトル・ラスカルズ』に登場するバックウィートという黒人の男の子の「王冠」のようなファンキーな髪型にインスパイアされている。このモチーフは彼の作品に幾度となく登場する。
2つ目は「文字」。彼は、作品のテーマをダイレクトに描くのではなく、文字や図形などを用いて間接的に作品の意味を散りばめることで、人種差別と孤立に関する社会的論評を行っている。
この作品は、彼の代表的な要素が凝縮されており、タッチの鋭さと複雑な力のバランスが表現された魅力的な一作である。
バスキアは生前プリント作品をほとんど制作しておらず、本作はコレクターやマーケットからのプリント作品への強いリクエストを受け、バスキアの遺族が中心となって運営される財団から、没後出版された父親のサイン入りの作品である。このエピソードからも、バスキア没後の世界的な人気の高さがうかがえる。
バスキアとアンディ・ウォーホルがコラボした、貴重なドキュメンタリー映像。
出典元:https://yard.media/
Jean-Michel Basquiat
ジャン=ミシェル・バスキア
わずか10年の活動で黒人アーティストとしての道を拓いた20世紀美術最大の巨匠
1960年にアメリカで生まれ27歳という若さでこの世を去った、20世紀美術の最も重要な巨匠の1人とされるアメリカ人アーティスト。
幼い頃からドローイングに興味を示し、美術教育に関心の高い母によってブルックリン美術館やメトロポリタン美術館を度々訪れていたという。8歳の頃に自動車事故に遭い、脾臓を摘出。入院中に母からプレゼントされた『解剖学』という本がバスキアの印象に深く残り、後の解剖学的なドローイングにつながることになった。
バスキアは1980年にニューヨークで初めてグループ展に参加、1981年にはキース・ヘリングやアンディ・ウォーホルらと共に「New York New Wave」展に参加して多くのギャラリーの注目を集めた。
1980年代のアートシーンに彗星のごとく現れたバスキアは、わずか10年の活動期間に3,000点を超すドローイングと1,000点以上の絵画作品を残した。当初はニューペインティングの中心的な画家として注目されていたが、没後に世界各地で大規模な回顧展が開かれ、大量に書かれた文字、ジャズとの関連、アフリカの民族や人種問題といった黒人ならではの主題も含まれることから再評価が進み、今では20世紀を代表するアーティストとして国際的に認知されている。
Artprice社が発表するアーティストランキングでは、2005年に初めて9位をマーク、直近の2016年から20年にかけては常にトップ10にランクインしている。マーケットでの価格の高騰もめざましく、2017年に前澤友作氏が《Untitled》を約$1億1,048万(約123億円/落札手数料込)で落札したことが記憶に新しい。
出典元:https://yard.media/
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